信徒養成講座 丹羽昭男師
ヨハネの福音書の学び テキストP32
安息日問題
神は、安息日にも太陽を昇らせ、人に恵みを与えておられる
だから、主イエスも働かれるのである
・つまり、「安息日は人のため」にあるのであって、
人が安息日のためにあるのではない
・主イエスは、愛の業(病人をいやすこと)によって、真実な意味において安息日を守られたのである
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☆質疑応答
A姉
人に対して良いことは、いつでも構わず行うべきですよね?
丹羽師
そうです。神様が喜ばれることならば、なおさら行うべきです
ユダヤ人は、安息日を守ろうと様々な規則をつくりました
それは、ある意味良いことではありますが、それに縛られて本来の意味や中心点からズレてしまってはいけません
しっかりと中心点をつかまえていかなければ、大事なものを見失っていきます
私たちも気をつけなければなりません
よく私たちは、自分で規則をつくって守ろうとしますが、相手に対してもその規則を用いて押し付けようとします
人はそれぞれに違う環境にあるので、自分の規則(想い)を相手に当てはめないことです
信仰生活においても同様です
中心点をとらえて進んでいかなければ、規則ばかりに縛られてしまいます
私たちクリスチャンは、「自由=解放」を与えられていますよね
すべてが自由なんですよ
規則=律法からも本来解放されているんです
けれども、自由とは自分の好きなことを推し進めていくことでは
ありません
自由とは、
神様のみ心を知って、生きる
つまり、
神様が喜ばれる道を選んで進んで行く
という意味です
その「選択の自由」が、私たちには与えられているのです
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詳しくは、見出し「ヨハネによる福音書・第5章」を
ご覧下さい
見出し⇒「第5章」からどうぞ
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