テキストP12
[1]主イエスが神であることの証明について
題2章では、主イエスの2つの働きをあげている
(1)はじめに
①カナでの結婚式で、水をぶどう酒に変えた奇跡
②エルサレム神殿にて、商人たちを追い出だされた
これらの主イエスのお働きを通して、主イエスが
「神のみ子」であること、また、「神の小羊」であることの証明を
みることができる
(2)主イエスも出席
カナの結婚式において 2章1-11節
・水をぶどう酒にかえた奇跡
主イエスの初めての業は、ごく普通の家庭の中で行われた
これは、主イエスが家庭を大切に思われ、また結婚を祝福しておられたことが見てとれる
主イエスは、
「世の喜ぶものと共に喜び、悲しむものと共になかれるお方」
であることを知ることができる
(3)なんの係わりがありますか
・「ぶどう酒がなくなりました」と、言った母マリヤに対し、
「あなたは、わたしと、何の係わりがありますか」3-4節と言った主イエス
ここは理解しにく箇所だが、そこには深い真理が隠されている
それは、その奇跡が、「母マリヤの子」としてではなく、
「父なる神の子」としてなされるためであった
テキストP13~14
(4)マリヤの信仰
マリヤは、そのお言葉に対し僕たちに
「この方があなたがたに言いつけることは、なんでもしてください」と言いました
マリヤはこの時すでに、主イエスが行おうとしておられる奇跡を信じて疑わなかったことが分かる
・僕や給仕をした者もまた、従順に主イエスのお言葉に従った
(5)奇跡
・奇跡の結果、「神の子としての栄光」をあらわされれ、人に恵みを与えられた 1章17節
・少数の弟子の目がひらかれ、そのことを信じた
●ここでの主イエスは、いとも簡単に奇跡を行われたのではなく、
マリヤや僕たち「人」を用いて、段階をふまえ、その業を行われたのである
これは、主イエスのお心であり、愛である
(6)4節~ 「わたしの時はまだきていません」
・主イエスが、マリアに言われたこのお言葉の意味は?
「わたしの時」とは、―
主イエスが父なる神より栄光を受ける時、すなわち主イエスが、「十字架につけられる時」である
・では、なぜこの時、水をぶどう酒に変える奇跡を行われたのか?
ぶどう酒は、十字架にかけられ流される主イエスの血の「予表」である
主イエスが十字架で、私たちの罪を背負って死なれ、その購いを完成されるという、全ったき栄光の型であり、その部分的なしるしであった
・全ったき栄光の型とは、ー
①主イエスは、神が備えてくださった小羊であること
②新しい次代がやってきたこと
旧約時代の「律法」から、新約時代には、「福音」に変わる
~ 次回へつづく ~